発掘!お金の話

詳細はこちら 資料請求・ご加入に関するお問い合わせ 0120-497-775

第1回 お金のはじまり

そもそもお金の最初の形はどんなものだったのか?

原始人は石のお金を転がした?

人類がまだ原始的な暮らしをしていた頃、お金はいったいどんな形だったのだろう?そう考えたとき真っ先に思い浮かぶのは、大きな石のお金だ。あの、「はじめ人間ギャートルズ」(園山俊二氏原作)で見た記憶のある、真中に穴があいていて、ゴロゴロと転がるお金である。

しかしこれは、原始人の生活を面白おかしく描き出すための漫画やアニメ上の産物といえるだろう。実際は、原始社会にはまだ貨幣経済はなく、物と物を交換して欲しいものを手に入れる、物々交換(ぶつぶつこうかん)を基本とする社会だったと考えられている。

ほんとうにあった?!石のお金

もっとも、このような大きな石のお金自体は現実に存在している。しかも、なんと現役のお金として機能しているとうのだから驚きだ。それは、ミクロネシア連邦にあるヤップという島で使われている石のお金だ。

大きなものは直径3メートル以上にもなる。重すぎて家に持ち帰れず、名前を書いて置いておくこともあるそうだが、誰もこの「お金」を盗んだりはしない。現在では冠婚葬祭などのときに使われているとか。石のお金の銀行もあるらしい。ヤップ島の遺跡は最古のものでも2千数百年前のものなので、残念ながら原始時代のお金というのとはちょっと違うが、このフォルムはまさに「ギャートルズ」のお金そのものだ。

この、世界で一番大きなお金として有名なヤップ島の石のお金は、日本橋にある日本銀行金融研究所の「貨幣博物館」でも見ることができる(※)。展示されているのは直径1メートル程度のものだが、興味のある方はぜひ足を運んでみてほしい。

物々交換から物品貨幣へ

さて、原始社会に、「ギャートルズ」に出てきたような大きな石のお金がまだなかったとすると、物々交換だけではやはり不便になってくる。物々交換では、お互いに欲しいものを持ち合っていなくてはならないからだ。

そこで、誰にとっても価値があり、持ち運べて、保存できるようなものが交換の仲介役として登場することになる。例えば、貝、矢じり、家畜、布、農具、塩、穀物などだ。このような現在のお金のルーツとなったものは「物品貨幣(ぶっぴんかへい)」といわれている。

中国では、紀元前16世紀頃の殷(いん)の時代に、子安貝などの宝貝(たからがい)の貝殻が物品貨幣として使われていた。その名残は、今のお金に関連する漢字に残っている。「売買」の「買」、「購入」の「購」、「貯蓄」の「貯」、「蓄財」の「財」、「投資」の「資」、「賃貸」の「賃」と「貸」、「贈与」の「贈」に「賄賂」の「賄」と「賂」というように、「貝」のつく漢字はたくさんある。

西洋の方はどうだろう。サラリーマンにとっては馴染みの言葉である「サラリー」の語源に、面白い逸話がある。「サラリー」の語源は、ラテン語で塩を意味する「Salarium(サラリウム)」で、これは、ローマ時代、兵士に支給された給料が塩であったことに由来するといわれているのだ。たしかに塩は「salt」というし、「salary」という単語の「sal」も塩のことだ。ちょっと結びつきにくい「給料」と「塩」。その結びつきの謎を解く鍵は、意外にも物品貨幣の中にあったというわけだ。

このように、人類の歴史は「物々交換」の社会から「物品貨幣」の社会へと移り変わり、貝殻や塩のような今のお金のルーツとなるものが現れた。そして、紀元前7世紀頃になると、いよいよ金属の貨幣が登場する。次回は、世界と日本の最初の金属貨幣について見ていこう。

参考資料

  • 日本銀行金融研究所貨幣博物館展示物及び配布資料
  • 「歴史学事典1交換と消費」(弘文堂)
  • ミクロネシア連邦政府観光局公式サイト
  • 財団法人八十二文化財団HP
  • 伊予銀行HP(いよぎんキッズ) ...ほか

※日本銀行金融研究所の「貨幣博物館」にある石のお金は、企画展示により見ることのできない場合がありますので、確認の上お出かけください。

※記事内容はとくに記述のあるものを除いて、2006年4月26日現在のものです。

このページの先頭にもどる

保障内容、変更、共済金請求などのお問い合わせ

CO・OP共済「ご意見・ご要望」の窓口

ご加入手続きのながれ

加入者インタビュー