2021年3月
私が「妻の財産」について意識したのは、十数年前、FPの仕事を始めて数年経った頃でした。相続を得意分野にしておこうとしっかり勉強し始めたと同時に、個人相談の中で「離婚」を口にする人がいたため、財産分与について調べていくうちに、「死別」と「離別」では妻の権利がずいぶん違うという点に気づいたことがきっかけです。
日本では、まあまあ円満なご夫婦であれば、日常生活の中では「夫のものは妻のもの」という前提でお金のやりくりをしているケースは多いものです。しかし夫が亡くなったり、夫と離婚することになったりするときには、妻の財産の権利は限られてしまうのです。
この連載では、「法律」「財産の名義」「家族構成」などによって、様々な場面で変わる妻の財産の権利について、お伝えしていきたいと思います。
夫婦の財産の基本的な考え方
夫婦の財産の権利はどのようになっているか、法律(民法)の面から見てみましょう。法律では「婚姻」という言葉を使いますが、これは法律婚つまり婚姻届けを出して、入籍している状態を指します。具体的な事例では、「結婚」という言葉で説明しています。
婚姻している夫婦には、原則として同居して、お互いに助け合って共同生活を送ることが義務付けられていて、民法では次のように定められています。
- 第752条(同居、協力及び扶助の義務)
夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。 - 第760条(婚姻費用の分担)
夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する。 - 第761条(日常の家事に関する債務の連帯責任)
夫婦の一方が日常の家事に関して第三者と法律行為をしたときは、他の一方は、これによって生じた債務について、連帯してその責任を負う。ただし、第三者に対し責任を負わない旨を予告した場合は、この限りでない。 - 第762条(夫婦間における財産の帰属)
1.夫婦の一方が婚姻前から有する財産及び婚姻中自己の名で得た財産は、その特有財産(夫婦の一方が単独で有する財産をいう。)とする。
2.夫婦のいずれに属するか明らかでない財産は、その共有に属するものと推定する。
つまり、夫婦の生活費である食費、被服費、住居費、水道光熱費、医療費、生活雑費ほか、子どもの生活費、教育医療費、習い事の費用などは、資産や収入に応じて、夫婦で分担して負担することになっています。夫の収入が多い夫婦の場合には専業主婦である妻の生活は夫の収入等で守られますが、逆に妻の方が資産や収入が多ければ、妻が夫の生活の面倒をみるということも、法律上は当然のこととなるのです。
財産や借金について、どのように権利や義務が発生するかについては、次のようにまとめられます。この考え方は離婚の際の財産分与の基準になります。なお相続の場合には亡くなった人の名義の財産や借金は相続財産(債務)となり、法定相続人が引き継ぎます。
- 1婚姻前の財産・借金は、夫婦それぞれの財産・借金
- 2婚姻期間中に得た財産や債務は、対外的にはそれぞれの名義の方の財産・債務であるが、離婚時などには夫婦共同で形成されたものとみなされる。ただし、名義人の死亡時には相続の対象となる(相続人が引き継ぐ)。
- 3婚姻後に得た財産や債務でも、離婚時の財産分与では例外になることもある。
例:相続や特別な能力などで得た財産(特有財産とみなされる)
ギャンブルなどの借金(連帯責任なしとみなされる) - 4離婚時、死亡時には名義ではなく実質的な判断がなされることもあるが、一般的には、名義人に権利・義務が発生する。
具体的な事例
それでは、具体的な事例で考えてみましょう(図参照)。
夫名義の財産・借金は、預金1,500万円(結婚前500万円、相続500万円、結婚後500万円)、結婚後に購入した自宅2,000万円(住宅ローンの残債1,000万円)、ギャンブルによる借金1,000万円です。一方、妻名義の財産は、預金1,000万円(結婚前500万円、結婚後500万円)あります。
離婚時の財産分与について考えるときには、まず、どの部分が共有財産か確認します。この事例では、緑の枠で囲った部分、つまり夫名義のうち、自宅2,000万円と住宅ローン1,000万円、預金500万円、妻名義のうち、預金500万円が共有財産です。合計でプラスの財産が3,000万円と、マイナスの財産が1,000万円なので、実質的には2,000万円(一人当たり1,000万円)となります。
緑の枠外になる「結婚前に貯めた預金」「相続で受け取った預金」は夫婦それぞれの「特有財産」です。またギャンブルで作った借金は、日常の家事に関する債務ではないので妻には連帯責任はないとみなされます。
ですから、例えば離婚時には、夫が妻へ500万円を支払うことで、財産分与の清算を行うことができます。夫は共有財産のうち自宅2,000万円と住宅ローン▲1,000万円で差し引き1,000万円、妻は結婚後に貯めた妻名義の預金500万円と夫から受け取る500万円で合計1,000万円となるからです。なお離婚時には、このほかに、「慰謝料」や子どもの「養育費」などがやり取りされます。
以上、夫婦の財産の基本的な考え方と離婚時の財産分与についてお伝えしましたが、実際の分割協議では、夫婦関係などさまざまな事情が考慮されますので、基本ルール通りにはいかないこともある、という点は覚えておきましょう。
図:夫婦の財産の基本的な考え方
夫婦のどちらかが亡くなったとき、つまり相続時の夫婦の財産の権利については、次回、お伝えします。
- 山田 静江(やまだ・しずえ)
- ファイナンシャル・プランナー(CFP®)、終活アドバイザー。銀行勤務などを経て1997年にFPに。子育て世代からリタイア世代まで、幅広い世代のライフプランニングが得意。またNPO法人ら・し・さの理事として、2004年からエンディングノートの普及活動を行っている。著書・監修に「よくみえる!医療介護のはなし」(セールス手帖社)、「定年前に知らないと困るお金のきほん」(オレンジページ)、「最強マネープランノート」(主婦の友社)、「よくわかる相続2020年版」「老後の備え」(日経ムック)など多数。