2021年10月
こんにちは、家計コンサルタントの八ツ井慶子です。
いま時代は大きく変化しています。今回(全3回中、2回目)は、日本社会の変化から、家計の常識も変わっていくことを、みなさんとご一緒に考えてみたいと思います。
前回のコラムでは、データをもとに「脱・経済成長」について考えてみました。併せてお読みいただけると、いかに「世の中」が変化しているか、よりイメージできると思いますので、お読みいただけるとうれしいです。
現在、新型コロナウィルス(以下、567)の影響を受け、私たちの生活が地球規模で変化を余儀なくされています。ですが、日本社会の変化は、567前から始まっています。
人生100年時代といわれる「超長寿社会」「少子高齢化」のさらなる進展、そして「人口減」、さらには「低(ないしはゼロ)経済成長」、「デジタル革新」といったことが同時進行中なのです。未だ経験したことのない社会が訪れようとしています。
分からないなりにも予測をして、できる対策や心の準備は大事ではないかと思います。その流れはゆっくりに感じるかもしれませんが、大きい変化ゆえに着実に“景色”を変えていきます。
まず、超長寿社会の影響を軸に、いまの社会保障制度がマッチしていないことを考えてみましょう。分かりやすいよう永遠の54歳である磯野波平さんを例にみていきたいと思います。
『サザエさん』が登場したのは、昭和20年代。当時の男性の平均寿命は60歳ほどでした。老齢年金の支給開始は55歳、大手企業で一般的に退職する年齢も55歳でした。波平さんの和装姿がしっくりくるのも納得です。
波平さんは娘夫婦と同居していますし、年金もありますから、この時代老後資金準備は、おそらく“家計の常識”ではなかったであろうと思います。
ですが、寿命は延び、人生80年時代。核家族化も進みます。老齢年金の支給開始年齢や定年退職の年齢は60歳となったものの、寿命の延びほどではないため、多くの人にとって“老後期間”が長期化しました。それにより、定年退職前までに老後資金を蓄えておくことは、“家計の常識”となりました。戦後からみれば、“新常識”でしょう。現在も、この常識の延長線上にいます。
さらに寿命は延び続けています。人生100年時代はもう目の前です。
老齢年金の支給開始は65歳に引き伸ばされました(現在、変更の過渡期)。定年の年齢も徐々に高齢化し、70歳や定年制度そのものを廃止する企業も出てはきていますが、多くは(雇用延長はあるものの)60歳のままです。つまり、いまも“老後期間”は長期化し続けています。
人間の寿命が100歳以上延びない保証はありません。専門家でも見解は分かれるようですが、まだ延びるとする意見が大半のようです。人生100年時代ですでに現役期間に近い老後期間があって、さらに寿命が延びるとすれば、老後資金を貯めることは多くの人にとって困難となるでしょう。すでに貯蓄不足を理由に生活保護を受ける世帯が増えている現状は、前回のコラムでお伝えした通りです。いま、戦後がそうであったように、“新常識”を模索する時期にきているのではないでしょうか。
図1.厚生年金保険料と年金受給額の月平均(それぞれH16年度とR1年度比)
年金制度は、超長寿化に対応できていません。
日本の年金制度は賦課方式といって、現役世代が保険料を納め、受給者の年金給付に充てられる世代間扶養がベースとなっています。かつ、老齢年金は一生涯受け取れる終身年金タイプです。
ということは、超長寿化に伴って老後期間が長期化すれば、同時に年金の受給期間も長期化し、より多くの財源を要します。ですが、ご存じの通り、それを支える現役層の人口は年々減少中です。567で少子化に拍車もかかったといいます。超長寿化に少子高齢化とも重なって、年金財政はますます厳しい環境下に置かれています。
図2.年金財政と人口比
政府も何もしていないわけではありません。平成29年9月、内閣府に「人生100年時代構想会議」を立ち上げました。「人生100年時代」という言葉が浸透するキッカケとなった『LIFE SHIFT』の著者の一人であるリンダ・グラットン氏(英国人学者)とも意見交換しています。
著書によると、そのタイトル通り、超長寿化は人生をシフトチェンジする必要性がある、といいます。これまでは「学び→働き→老後」といった3段階人生でしたが、これを続けることは困難になるのだそう。理由はシンプルで、一つは就労期間が長期化すると、その間に学びが足りなくなる点。若い間の知識だけで、時代の変化に合わせて長期に働くことは困難となり、学び直し(リカレント)の必要性が高まること。また、長くなる就労期間中ずっと働き続けることは単純に困難であり、AIなどの技術革新の恩恵も受けながら、仕事時間の短時間化や長期の“休息”の大切さも挙げています。
そこで、学び→働き→休息→働き→学び・・・などを繰り返し、人それぞれのタイミングで老後を迎えるマルチステージ型の人生を提唱しています。年齢で人生のステージが決定される従来の3段階の人生ではなく、何歳からでも大学へ行き、年齢にとらわれず、そのとき自分に必要な人生ステージを経験・選択するのです。
寿命が100歳でストップするとは限りませんから、この考え方は非常に現実的、かつ理にかなっていると思いました。十人十色の言葉通り、人の数だけ人生の“道のり”がある時代になろうとしているのではないかと思います。
著書では、日本は先進国の中でもっとも高齢化が進んでいるため、どう対応するかが他国のお手本になりうるとも書かれています。多くの国で、超長寿化による暮らしの変化は課題となっているわけです。波平さんを思い起こせば、いかに現代人が若く元気か、ご理解いただきやすいでしょう。
仮にマルチステージ型の人生にシフトチェンジするとして、ひるがえっていまの社会保障制度をみると、対応しているとは決していえません。年金制度はすでに述べた通りですが、雇用保険もそうです。
リタイア前のリカレントや“休息”の期間、いまの雇用保険では何も給付されません。失業中の給付は「求職中」であることが要件のためです。自営業者だと、そもそも雇用保険がありません。これでは生活がおびやかされてしまいますから、安心して学びを深めたり、仕事を休めません。
ですが、多くの人がマルチステージ型の人生を選択すれば、常に一定の“失業者”が存在することとなり、つまり、一定の“失業率”が常態化します。そういった人々の生活がおびやかされては経済は回りませんし、何より、安心して仕事を休めません。働いていなくとも、「消費者」として経済(お金)を回す参加者としての社会的存在価値は十分にありますから、何らかの生活保障が望まれます。「働かざる者食うべからず」ではなくなれば、私たちの意識からも変えていく必要があるでしょう。
また、マルチステージ型の人生となれば、老後資金を貯めることは“絶対”でもなくなると思います。多くの人が何らかのスキルを社会に提供し、その対価を得つつ、お金を循環させていくことで、多くの人が今よりも安心して年齢を重ねることができるのではないでしょうか。現在のように「経済」があって「社会」が形成されるのではなく、私たちの「暮らし」や「社会」があって、それに合うお金の流れとなる「経済」が求められるのではないかと思います。
いずれにしても、寿命が延びるほどたくさんの老後資金を貯めることは、多くの人にとって非常に困難なため、そうではない新しい社会経済が求められるでしょう。同時に、社会保障制度の改革が必要なことはもちろん、私たちの変化に対応する柔軟性も求められるでしょう。そうした変化の中で、家計管理のあり方や手法といった“家計の常識”も大きく変化するのだと思います。
補足すると、社会保障の改革時には会社員と自営の保障格差の解消も課題にする必要があります。567の影響で働き方の多様化が進む中、自営業者と会社員との保障の格差解消は重要ですし、複数仕事を持つ人にとっても、いまの制度では複雑なので、よりシンプルで公平な制度設計が求められるでしょう。
残念ながら、目下567対応で社会保障改革は後手に回っていますが、社会構造変化の潮流は決して止まりません。近いうちに、きっと私たち一人ひとりが考えさせられる場面がやってくると思うので、ぜひあらためて関心を持っていただけたらなと思います。
- 八ツ井 慶子(やつい・けいこ)
- (1973年 埼玉県生まれ)
2001年より「家計の見直し相談センター」でFP活動を始め、2013年7月独立し、「生活マネー相談室」を立ち上げる。個人相談を中心に、講演、執筆活動を行う。著書に、『サラリーマン家庭は“増税破産”する!』(角川oneテーマ21)、『レシート〇?チェックでズボラなあなたのお金が貯まり出す』(プレジデント社)など。新聞、雑誌の取材多数。NHK『NHKスペシャル』、『日曜討論』、TBS『あさチャン!サタデー』などにマネーの専門家としても出演。モットーは「しあわせ家計」づくりのお手伝い。個々の価値観を大事にしたプランニングを心掛けている。